ヨーロッパ代表として、初めてポルトガルのチーム、FCポルトが来日しました。アフリカの星と呼ばれたマジェールという選手が活躍していたチームでした。
そして南米代表は、二度目の来日となるウルグアイのペニャロールでした。1882年のトヨタカップで来日し、イングランドのアストン・ヴィラを破ってタイトルを手にしています。
この試合の記憶は、鮮烈なものが2つあります。
そのひとつが、雪だったのです。
朝起きて、あまりの寒さに窓を開けると、雪が積もっていました。
12月に東京地方に雪が降ったのは非常に珍しいことでした。
で、なのに、ヨーロッパ代表は雪の降らないポルトガルのチームでした。
余談ですが、確かラグビーはその日、早稲田−明治の一戦が行われたと記憶しています。
なので、まったく予想がつかないゲームとなりました。
ゲームは両者とも雪の中での対戦に、様子を見ながらという感じだったと記憶しています。
先制はポルトでした。前半42分と記録にはあります。
実はこれ、第8回にして、ヨーロッパのチームが始めてリードした瞬間でした。
プラティニの幻ゴールが認められていれば別ですが、公式には日本で行われるようになって初めてヨーロッパのチームがリードしたのです。
試合はこのままでは終わりません。ペニャロールが追いついたのは80分とありますから、後半の35分ですね。
日本で行われたトヨタカップで1点も取れなかった南米のチームはいません。今回もつながりました。
そして試合は延長戦にもつれ込みます。
マジェールのヒールシュートがゴールに吸い込まれた瞬間のアナウンサーの絶叫が今もこびりついています。
そして、ポルトが勝ったのです。
PKではない初めてのヨーロッパ勢の勝利でした。
確か、雪のないところでこのゲームの再戦が企画された話を新聞で見ました。
結果はどうだったのか、私は知りませんが・・・。 どなたかご存知でしょうか?
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ちょっと独り言
この年は87年、日本サッカーはW杯出場を逃し、日本代表は苦しんでいました。
奥寺、尾崎はドイツのブンデスリーガで戦っていたのですが、あまり知られていませんでした。
当時、多くの国の人は日本人がサッカーをしているとは知らなかったかもしれません。
世界への扉をこじ開けていく息吹はこのあたりから、聞こえてきたと今にしてではありますが、思っています。
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