2008年07月13日

F.アロンソ(VS M.シューマッハ) の記憶

 さて、今回の2006年のワールドチャンピオンはF.アロンソです。

 M.シューマッハの最後の年、そして激戦の年でした。

 それではシーズンを振り返ります。

 開幕戦を制したのはチャンピオンF.アロンソでした。
 2位につけたのはM.シューマッハでした。昨年の屈辱をばねにフェラーリは巻き返してきました。
 ここでまずアロンソはシューマッハに2点差をつけました。

 第2戦はG.フィジケラが制しルノーは開幕2連勝です。アロンソも2位に付けポイントは18です。シューマッハは6位でポイントは11になりました。
これで二人の差は7に開きました。

 第3戦で、またしてもアロンソが勝ちます。
 シューマッハはリタイアしてノーポイントでした。これでアロンソが28となり11のシューマッハに17点差をつけました。

 さて、フェラーリの反撃が始まります。
 第4戦でシューマッハが勝ちます。しかしアロンソは2位につけてポイントはアロンソ36に対し、シューマッハは21でその差はまだ15もありました。

 第5戦シューマッハは再び勝って2連勝です。しかしアロンソは2位につけてポイントはアロンソ44に対してシューマッハは31でまだ13点差です。

 しかし、ここからアロンソが4連勝してしまうのです。
 なんとアロンソは9戦終わって優勝6回2位3回です。もっとも悪くて2位です。ありえない成績です。

 アロンソの4連勝の間、シューマッハは踏ん張りました。
 2位3回5位1回です。
 開いたポイントは12だけだったのです。
 アロンソの第9戦終了時点のポイントは84です。シューマッハは59で25ポイント差でまだ反撃しだいでチャンピオンはどう転ぶかわからない状況でした。

 9戦終わってアロンソとシューマッハはアロンソの7勝2敗って感じですから普通ならもっと差がついていたはずですが、シューマッハの踏ん張りは見事ともいえます。

 そしてシューマッハは再度反撃に出ました。
 第10戦から3連勝を飾ったのです。
 
 これでシューマッハのポイントは89です。
 その間のアロンソは5位、2位、5位となり、16ポイントを加えて100です。
 その差は11に縮まりました。

 第13戦は歴史的に価値のあるホンダのバトンの優勝で、ルノーとフェラーリ以外のこの都市の唯一の優勝者となりました。
 個人的にはホンダの優勝は感慨深いものがありました。
 さて、このレースで、アロンソはリタイアで、シューマッハは8位で1ポイントを加え、アロンソ100に対してシューマッハ90で10点差になりました。

 第14戦でフェラーリのF.マッサが初優勝を遂げます。
 2位はアロンソ、3位はシューマッハで、108対96その差は12点差になりました。

 ルノーの前半の勢いが翳ってきた印象はぬぐえません。

 第15戦で、シューマッハが優勝し、アロンソは痛恨のリタイアになりました。
 これでポイントは108対106でなんと2点差になったのです。

 第16戦でシューマッハが連勝します。アロンソは2位に入ります。
 と、いうことは、ポイントはともに116で、優勝回数でシューマッハが上回り、リーダーの座にシューマッハが着いたのです。

 開幕からトップを一度も譲らなかったアロンソがついにトップの座から陥落したのです。

 しかし、この優勝がシューマッハの最後の優勝だとは誰も思いもしませんでした。
 
 ポイントで並んだ二人が日本にやってきました。
 しかし勝ったのはアロンソで、シューマッハはリタイアしてしまいました。
 これで事実上勝負ありの状況でした。

 シューマッハはブラジルで優勝しアロンソがノーポイントであれば逆転でチャンピオンですが、それはほとんど難しい状況です。

 ブラジルでの最終戦を制したのはフェラーリのF.マッサで、地元で優勝を飾りました。
 アロンソは2位に入り、シューマッハは4位となり、アロンソが2年連続でチャンピオンになったのでした。

 この年の結果は以下のようになりました。

1 アロンソ   134
2 シューマッハ 121
3 マッサ     80
4 フィジケラ   72
5 ライコネン   65
6 バトン     56

 マクラーレンは振るいませんでしたが、ライコネンは頑張って表彰台に何度も乗りました。

 そして偉大なる皇帝M.シューマッハが引退しました。
 マカオF−3で、ハッキネンを破ってスターダムにのし上がり、メルセデスというパトロンを得て這い上がり、ジョーダンでF−1デビューし直線だけで終えたデビュー戦から電撃移籍でベネトンに移り、ピケをして「奴は速い!」と言わしめた男はF−1の世界に数々の記録を残して去っていきました。

 時代は動いていくのです。

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ちょっと独り言

 この年、ひとつの時代が終わりました。
 冷静に考えれば、チームメイトだったピケと中島の息子同士がF−1で走っているのだから当然でしょうね。

 1976年の記録からから書いているこの記憶の走り書きですが、何カ国の人間のワールドチャンピオンの記録を書いたのでしょうか。
イギリス、オーストリア、アメリカ、南アフリカ、オーストラリア、ブラジル、フランス、ドイツ、フィンランド、カナダ、スペインといったところでしょうか。

 イタリア人のチャンピオンは居ないですね。
 ここに日本人が入る日を夢に見ています。



 
posted by appiy at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | F-1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする