2009年05月03日

第1回トヨタカップ の記憶

 久しぶりにサッカーの話題を書こうと思います。

 ワールドカップは82年から書いていますが、トヨタカップは80年、正確には81年の2月だったそうです。
 サッカーといえば日本はメキシコオリンピックが語り草で、その後、日本のサッカーは低迷していました。

 それが突然、世界一決定戦が日本で開かれる。
 日本テレビの特集か何かを見たのがきっかけで、これは見なくてはと思ったのを覚えています。

 勝ったのは南米のチームだったのを記憶していました。
 調べてみると、ナシオナル・モンテビデオ(ウルグアイ)が、ノッティンガム・フォレスト(イングランド)に1−0で勝っていました。

 高校サッカーを見る程度だった私にとっては、はじめて見る世界のサッカーでした。
 思えばこの頃からサッカーの凄さに魅せられていると思います。

 まだ、このときはその本当の凄さがわかっていなかった私でした。

 奥寺と尾崎がドイツで活躍していた頃です。

 何故日本で、サッカーの世界一決定戦が開かれるのか。
 ヨーロッパの歴史の教科書には、サッカーの母国はイングランドですが、サッカーの起源は日本の蹴鞠であると載っていた事にも寄るのでしょうか。

 その時の記憶は、曖昧で、ハーフタイムショーで蹴鞠が公開されたと記憶しています。

 私の原点は高校サッカーのテレビ観戦でしたが、本当に魅せられたのはここからだったのではないかと思っています。

 独り言のような第1回の記憶です。


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ちょっと独り言

 この年、この日一日は世界のサッカーの中心は日本だということが少し嬉しかった私です。

 この後、奥寺のいたブレーメンがブンデスリーガを制すかと思われた年がどこかであったのですが記憶が曖昧です。
 あの年、もしブレーメンがチャンピンズカップに進出し、もし、優勝していたら、故郷に錦を飾るだったのにとか勝手に想像した私でした。

 そしてダイヤモンドサッカーやダイナミックサッカーといった番組で細々と海外のサッカーを見るようになったのですけどね。

 まあ、思い出のひとつというところでしょうか。
posted by appiy at 23:56| Comment(1) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする