2011年02月13日

第8回トヨタカップ の記憶

 今回は第8回のトヨタカップですが、これも覚えています。
 
 ヨーロッパ代表として、初めてポルトガルのチーム、FCポルトが来日しました。アフリカの星と呼ばれたマジェールという選手が活躍していたチームでした。

 そして南米代表は、二度目の来日となるウルグアイのペニャロールでした。1882年のトヨタカップで来日し、イングランドのアストン・ヴィラを破ってタイトルを手にしています。

 この試合の記憶は、鮮烈なものが2つあります。
 そのひとつが、雪だったのです。

 朝起きて、あまりの寒さに窓を開けると、雪が積もっていました。
 12月に東京地方に雪が降ったのは非常に珍しいことでした。

 で、なのに、ヨーロッパ代表は雪の降らないポルトガルのチームでした。

 余談ですが、確かラグビーはその日、早稲田−明治の一戦が行われたと記憶しています。

 なので、まったく予想がつかないゲームとなりました。


 ゲームは両者とも雪の中での対戦に、様子を見ながらという感じだったと記憶しています。

 先制はポルトでした。前半42分と記録にはあります。
 実はこれ、第8回にして、ヨーロッパのチームが始めてリードした瞬間でした。
 プラティニの幻ゴールが認められていれば別ですが、公式には日本で行われるようになって初めてヨーロッパのチームがリードしたのです。

 試合はこのままでは終わりません。ペニャロールが追いついたのは80分とありますから、後半の35分ですね。
 日本で行われたトヨタカップで1点も取れなかった南米のチームはいません。今回もつながりました。

 そして試合は延長戦にもつれ込みます。

 マジェールのヒールシュートがゴールに吸い込まれた瞬間のアナウンサーの絶叫が今もこびりついています。

 そして、ポルトが勝ったのです。

 PKではない初めてのヨーロッパ勢の勝利でした。

 確か、雪のないところでこのゲームの再戦が企画された話を新聞で見ました。
 結果はどうだったのか、私は知りませんが・・・。 どなたかご存知でしょうか?


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ちょっと独り言

 この年は87年、日本サッカーはW杯出場を逃し、日本代表は苦しんでいました。

 奥寺、尾崎はドイツのブンデスリーガで戦っていたのですが、あまり知られていませんでした。

 当時、多くの国の人は日本人がサッカーをしているとは知らなかったかもしれません。

 世界への扉をこじ開けていく息吹はこのあたりから、聞こえてきたと今にしてではありますが、思っています。

  
posted by appiy at 23:24| Comment(1) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする